アジア選手権でケイリン競走銀メダル、ポイントレース銅メダルとりました 石井寛子
2009年8月21日
アジア選手権出場レポート
8月14日〜16日、インドネシア・カリマンタンで開催された、アジア選手権大会に出場しました。アジア大陸で権威あるこの大会は、優勝選手には来年コペンハーゲンで行われる世界自転車競技選手権大会に個人枠で出場の権利が与えられる大会で、どこの国も最強の選手を送り込んできました。
この大会に日本代表選手として出場することができたのは、今年4月に行われたチャレンジ・ザ・オリンピック大会で、F200mTT、500mTTで1位をとり、短距離のJCF強化指定選手に選ばれたからです。今回出場する種目は、500mTT、スプリント、ケイリン、チームスプリントの予定です。しかしながら、私の得意とする、中距離のポイントレースは、その基礎体力の指標となる3KmTTで、4分14秒(3位)を出してしまったことから、出場予定はありませんでした。
今回、アジア選手権に先立ち、250mコンクリートバンクに不慣れな女子選手、和田見選手と私は、8月1日に出発し現地のACCキャンプでトレーニングしてから、日本チームと合流して、アジア選手権大会に臨むことになりました。
キャンプは、マレーシア、インドネシア、タイ選手と日本からのコーチスタッフで編成され、大会を含め20日間に及ぶ初めての長期海外トレーニングになりました。
8月1日に日本を出発、3日から練習開始。バンクは周長250m、傾斜35度、コンクリート製で日本に比べると走路はガタガタで、ほこりをかぶってとても滑りそうで恐怖感がありました。思ったとおり、初日から選手2名が、ゆっくり走行していたら、落車してしまいました。トレーニング内容は48×16、48×15のギヤで回転練習がメインでした。
合宿当初はトレーニング内容よりも、手足や股のしびれがひどく、長く走ることができませんでした。数日経って、やっとバンクにも慣れ、回転も上がってきました。しかし、どうしてもハロンタイムが伸びない。試合が近づくにつれて力が入らなくなって、いつもの47×14のギヤが重く感じました。
少しヘコんで過していた時、福田コーチから、短距離種目のほかに、ポイントレースを走るチャンスを頂きました。そのとき、とても嬉しく、ヘコんでる場合じゃない!!死ぬ気で走ってメダルを狙おうと決意し、意識を高く持ってトレーニングに励みました。
そして、いよいよ14日。アジア選手権大会初日。女子500mTTが始りました。合宿の疲れが全く取れてない。自分の身体が疲れきっていて、動かず、このまま走ったらひどいタイムを出すだろう!!
言い訳になるけれど、どうしても47×14ギヤは重くて踏めないと判断し、50×15に変えて臨みました。苛立ったまま走り、そのタイムは39秒2。最近ずっと出していないタイムであり、最悪だと思いました。日本代表として恥ずかしく、申し訳なく感じました。
次の種目はスプリント予選。幸いなことに競技時間が長引き、出場までに4時間空いたため、じっくりローラーに2時間乗って、入念にストレッチして、もう一度身体を作り直すことを考えました。最初より脚が回わるようになったのがわかってきました。
バンクを見つめて、イメージを作り、ボコボコのない路面を探して、思い切って、F200mTTに挑戦!!結果、12秒5。7位予選通過しました。合宿中は13秒台しか出なかったけれど、少しほっとしました。このバンクは、かけかたが難しいと思いました。
その後、中国選手とのスプリント1/4決勝の対戦は、1本目。最終バックで自分の車輪を相手より前に競り出すことが出来き、勝ったと思った瞬間、相手自転車がパンク。1本先取。残念ながら2、3本目は力でねじ伏せられてしまいました。勝つための術が浮かびませんでした。
5-8位決定戦は、ハイペースで走る香港選手に付き、2番手を死守。最終周回でタイの選手がかぶせてきましたが、4コーナーまで待ち、空いたところを差しに行ったけれど届かず、2着でゴール。結果スプリントの最終着順は6位でした。終了時刻は夜中11時をまわっていました。
翌日、15日は午後3時から競技開始。私の出場種目は女子チームスプリントでした。
この日は何故か、すごく調子が良く、ワクワクして早く走りたいと思っていました。
和田見選手が1走、私が2走、タイムは38秒8。やっぱり身体が軽い!3-4位決定戦に進出し、楽しみになりました。
4時間後、大本命のポイントレース。いつかチャンスが来て、出場できたら優勝することを目標に日々練習をしてきたので、とても緊張しました。距離は20Km、8回ポイントチャンスがあり、1回目のポイントで5点確保して、20点が優勝ライン!!強い中国選手の動きを確認しながら、様子を見る作戦を立てました。
ポイントレーススタート!
1回目のポイントは中国選手の後ろにつき、軽々差して1位通過、5点確保。これは勝てるかも!と思いレースを続けましたが、その後なかなか点がとれずに3回目、4回目は流れ込みが精一杯でした。5回目、6回目逃げの選手を追うためペースが上がりきつくなり、点がとれない。やっぱりアジア選手権は展開が速い。7回目は4番手からもがいて、2位通過、3点獲得することができました。人と競るのが好きな私はこのポイント周回でさらに火がつきました。呼吸は苦しく、集団からも切れそうなのに、楽しくて楽しくて仕方ない。「ラストの周回は絶対1着をとってやる!」
さらにペースが上がり、残り3周、私は4番手で、中国選手の後ろにつき、脚が軽くなってきて、勝負!!と思った瞬間、前方の選手2名が落車し、それに乗り上げ、私も落車。和田見選手も含む8名が落車しました。
結局、集団落車の競技規定により、最終回8回目ポイントは無くなり、7回目までの合計ポイントで勝敗を決めることになりました。最終着順は11ポイント3位、銅メダルを獲得しました。
優勝はできませんでしたが、メダルは嬉しかったです。少しずつ強くなっている確信と自信に繋がりました。そして、来年は優勝したいと思いました。
チームスプリントは和田見選手と私が落車したため、チームスプリントの3-4位決定戦は棄権し、4位になりました。この日の終了時刻はさらに遅く、深夜1時をまわっていました。
大会最終日。午後競技開始。私の最後の種目はケイリン競走。この日も調子が良く、脚が軽い。予選2組あり、1組目に出場し、2位通過で決勝進出。
決勝の作戦は、1番前を取り、中国選手の位置を確認しながら走る。ペーサーが外れてから、中国選手に併せてダッシュする戦法でした。
ケイリン競走決勝スタート。作戦通り、1番前を取り、ペーサーが外れてから、中国選手が前に出てきたので、2番手に入る。しかし、タイの選手と並走になり、インに詰まってしまったけれど、最終4コーナーまで我慢して、そこから一気に1番手の中国選手を差しに行ったが、届かずに2位でゴール。銀メダルを獲得しました。
惜しいとも思いましたが、中国選手に勝つ戦法はどうすれば良いのか課題が残りました。
今回の成績は、ポイントレース銅メダル、ケイリン競走銀メダルを獲得することができました。このことは、日頃のスーパーKの練習や、北見さんの作戦を実践できたこと。また、監督の福田さんに細かな指導とチャンスをいただいたこと。連盟スタッフ・コーチの皆さん、応援していただいた日本選手の皆さん、日本にいる皆さん、取材スタッフの皆さん、地元インドネシアの熱い応援のおかげです。ありがとうございました。
メダル獲得の威力は、きつい練習をも忘れるくらい素晴らしいものでした。これからも上位入賞を目指して頑張りますので応援よろしくお願い致します。
8月14日〜16日、インドネシア・カリマンタンで開催された、アジア選手権大会に出場しました。アジア大陸で権威あるこの大会は、優勝選手には来年コペンハーゲンで行われる世界自転車競技選手権大会に個人枠で出場の権利が与えられる大会で、どこの国も最強の選手を送り込んできました。
この大会に日本代表選手として出場することができたのは、今年4月に行われたチャレンジ・ザ・オリンピック大会で、F200mTT、500mTTで1位をとり、短距離のJCF強化指定選手に選ばれたからです。今回出場する種目は、500mTT、スプリント、ケイリン、チームスプリントの予定です。しかしながら、私の得意とする、中距離のポイントレースは、その基礎体力の指標となる3KmTTで、4分14秒(3位)を出してしまったことから、出場予定はありませんでした。
今回、アジア選手権に先立ち、250mコンクリートバンクに不慣れな女子選手、和田見選手と私は、8月1日に出発し現地のACCキャンプでトレーニングしてから、日本チームと合流して、アジア選手権大会に臨むことになりました。
キャンプは、マレーシア、インドネシア、タイ選手と日本からのコーチスタッフで編成され、大会を含め20日間に及ぶ初めての長期海外トレーニングになりました。
8月1日に日本を出発、3日から練習開始。バンクは周長250m、傾斜35度、コンクリート製で日本に比べると走路はガタガタで、ほこりをかぶってとても滑りそうで恐怖感がありました。思ったとおり、初日から選手2名が、ゆっくり走行していたら、落車してしまいました。トレーニング内容は48×16、48×15のギヤで回転練習がメインでした。
合宿当初はトレーニング内容よりも、手足や股のしびれがひどく、長く走ることができませんでした。数日経って、やっとバンクにも慣れ、回転も上がってきました。しかし、どうしてもハロンタイムが伸びない。試合が近づくにつれて力が入らなくなって、いつもの47×14のギヤが重く感じました。
少しヘコんで過していた時、福田コーチから、短距離種目のほかに、ポイントレースを走るチャンスを頂きました。そのとき、とても嬉しく、ヘコんでる場合じゃない!!死ぬ気で走ってメダルを狙おうと決意し、意識を高く持ってトレーニングに励みました。
そして、いよいよ14日。アジア選手権大会初日。女子500mTTが始りました。合宿の疲れが全く取れてない。自分の身体が疲れきっていて、動かず、このまま走ったらひどいタイムを出すだろう!!
言い訳になるけれど、どうしても47×14ギヤは重くて踏めないと判断し、50×15に変えて臨みました。苛立ったまま走り、そのタイムは39秒2。最近ずっと出していないタイムであり、最悪だと思いました。日本代表として恥ずかしく、申し訳なく感じました。
次の種目はスプリント予選。幸いなことに競技時間が長引き、出場までに4時間空いたため、じっくりローラーに2時間乗って、入念にストレッチして、もう一度身体を作り直すことを考えました。最初より脚が回わるようになったのがわかってきました。
バンクを見つめて、イメージを作り、ボコボコのない路面を探して、思い切って、F200mTTに挑戦!!結果、12秒5。7位予選通過しました。合宿中は13秒台しか出なかったけれど、少しほっとしました。このバンクは、かけかたが難しいと思いました。
その後、中国選手とのスプリント1/4決勝の対戦は、1本目。最終バックで自分の車輪を相手より前に競り出すことが出来き、勝ったと思った瞬間、相手自転車がパンク。1本先取。残念ながら2、3本目は力でねじ伏せられてしまいました。勝つための術が浮かびませんでした。
5-8位決定戦は、ハイペースで走る香港選手に付き、2番手を死守。最終周回でタイの選手がかぶせてきましたが、4コーナーまで待ち、空いたところを差しに行ったけれど届かず、2着でゴール。結果スプリントの最終着順は6位でした。終了時刻は夜中11時をまわっていました。
翌日、15日は午後3時から競技開始。私の出場種目は女子チームスプリントでした。
この日は何故か、すごく調子が良く、ワクワクして早く走りたいと思っていました。
和田見選手が1走、私が2走、タイムは38秒8。やっぱり身体が軽い!3-4位決定戦に進出し、楽しみになりました。
4時間後、大本命のポイントレース。いつかチャンスが来て、出場できたら優勝することを目標に日々練習をしてきたので、とても緊張しました。距離は20Km、8回ポイントチャンスがあり、1回目のポイントで5点確保して、20点が優勝ライン!!強い中国選手の動きを確認しながら、様子を見る作戦を立てました。
ポイントレーススタート!
1回目のポイントは中国選手の後ろにつき、軽々差して1位通過、5点確保。これは勝てるかも!と思いレースを続けましたが、その後なかなか点がとれずに3回目、4回目は流れ込みが精一杯でした。5回目、6回目逃げの選手を追うためペースが上がりきつくなり、点がとれない。やっぱりアジア選手権は展開が速い。7回目は4番手からもがいて、2位通過、3点獲得することができました。人と競るのが好きな私はこのポイント周回でさらに火がつきました。呼吸は苦しく、集団からも切れそうなのに、楽しくて楽しくて仕方ない。「ラストの周回は絶対1着をとってやる!」
さらにペースが上がり、残り3周、私は4番手で、中国選手の後ろにつき、脚が軽くなってきて、勝負!!と思った瞬間、前方の選手2名が落車し、それに乗り上げ、私も落車。和田見選手も含む8名が落車しました。
結局、集団落車の競技規定により、最終回8回目ポイントは無くなり、7回目までの合計ポイントで勝敗を決めることになりました。最終着順は11ポイント3位、銅メダルを獲得しました。
優勝はできませんでしたが、メダルは嬉しかったです。少しずつ強くなっている確信と自信に繋がりました。そして、来年は優勝したいと思いました。
チームスプリントは和田見選手と私が落車したため、チームスプリントの3-4位決定戦は棄権し、4位になりました。この日の終了時刻はさらに遅く、深夜1時をまわっていました。
大会最終日。午後競技開始。私の最後の種目はケイリン競走。この日も調子が良く、脚が軽い。予選2組あり、1組目に出場し、2位通過で決勝進出。
決勝の作戦は、1番前を取り、中国選手の位置を確認しながら走る。ペーサーが外れてから、中国選手に併せてダッシュする戦法でした。
ケイリン競走決勝スタート。作戦通り、1番前を取り、ペーサーが外れてから、中国選手が前に出てきたので、2番手に入る。しかし、タイの選手と並走になり、インに詰まってしまったけれど、最終4コーナーまで我慢して、そこから一気に1番手の中国選手を差しに行ったが、届かずに2位でゴール。銀メダルを獲得しました。
惜しいとも思いましたが、中国選手に勝つ戦法はどうすれば良いのか課題が残りました。
今回の成績は、ポイントレース銅メダル、ケイリン競走銀メダルを獲得することができました。このことは、日頃のスーパーKの練習や、北見さんの作戦を実践できたこと。また、監督の福田さんに細かな指導とチャンスをいただいたこと。連盟スタッフ・コーチの皆さん、応援していただいた日本選手の皆さん、日本にいる皆さん、取材スタッフの皆さん、地元インドネシアの熱い応援のおかげです。ありがとうございました。
メダル獲得の威力は、きつい練習をも忘れるくらい素晴らしいものでした。これからも上位入賞を目指して頑張りますので応援よろしくお願い致します。